大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)2854号 判決 1995年9月25日

原告

樋野錠太郎

右訴訟代理人弁護士

青木秀樹

蛭田孝雪

被告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

橋本徹

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

右訴訟復代理人弁護士

田子真也

右訴訟代理人弁護士

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

島田邦雄

谷健太郎

田路至弘

被告

ニコス生命保険株式会社

右代表者代表取締役

大野和夫

右訴訟代理人弁護士

高橋孝志

右訴訟復代理人弁護士

横山雅文

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

1  被告株式会社富士銀行は、原告に対し、原告の同被告に対する平成二年四月一八日付け金銭消費貸借契約に基づく元金三億〇五〇〇万円の返還債務及び同三年四月二二日付け金銭消費貸借契約に基づく元金二六〇〇万円の返還債務が存在しないことを確認する。

2  被告ニコス生命保険株式会社は、原告に対し、右当事者間における平成二年五月一日付け別紙保険契約目録記載の各保険契約が無効であることを確認する。

3  被告ニコス生命保険株式会社は、原告に対し、金二億七五八一万四〇〇〇円及びこれに対する平成二年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告株式会社富士銀行は、原告に対し、別紙物件目録記載一及び二の不動産について、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(予備的請求)

被告らは、原告に対し、連帯して、金三億三一〇〇万円及び内金三億〇五〇〇万円に対する平成二年四月一八日から支払済みまで年7.6パーセントの割合による金員を、内金二六〇〇万円に対する平成三年四月二二日から支払済みまで年7.8パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、銀行借入一時払変額保険契約がそれ自体又はその勧誘行為等に照らして公序良俗に違反し、錯誤により無効であるなどとして、主位的に、被告株式会社富士銀行(以下「被告銀行」という。)に対し、保険料払込みのために締結された金銭消費貸借契約に基づく債務の不存在の確認及び被告銀行が設定を受けた根抵当権の設定登記の抹消登記手続を求め、被告ニコス生命保険株式会社(旧エクイタブル生命保険株式会社、以下「被告保険会社」という。)に対し、保険契約の無効の確認を求めるとともに、不当利得返還請求として払込済みの保険料の支払いを求め、予備的に、被告らに対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求として払込済みの保険料等の支払いを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は明治四三年一二月一五日生まれで、同人の推定相続人として、長女樋野千津子(以下「千津子」という。)、長男樋野隆弘(以下「隆弘」という。)、次女前田恵美子(以下「恵美子」という。)がいる(以上四名につき、以下「原告ら」という。)。

2  原告は、平成二年五月一日、被告保険会社との間で、別紙保険契約目録記載の変額保険契約(以下「本件変額保険契約」という。)を締結し、同日、同被告に対し、保険料合計金二億七五八一万四〇〇〇円を支払った。

3  原告は、前項の保険料の支払いのため、平成二年四月一八日、被告富士銀行との間で、利息を年7.6パーセント、支払時期を利息につき平成三年から一年ごとに前払い、元本につき平成一二年三月三一日とする約定で、金三億〇五〇〇万円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約(以下「本件金銭消費貸借契約(一)」という。)を締結した。

4  原告は、平成二年四月一八日、被告銀行との間で、別紙物件目録記載一及び二の不動産について、極度額を三億〇五〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同契約に基づき、別紙登記目録記載の内容の根抵当権設定登記を経由した。

5  原告は、3項の利息の支払いのため、平成三年四月二二日、被告富士銀行との間で、利息を年7.6パーセント、支払時期を利息につき平成四年三月から一年毎に前払い、元本につき平成一二年三月三一日とする約定で、金二六〇〇万円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約(以下「本件金銭消費貸借契約(二)」という。)を締結した。

三  争点

本件の主要な争点は、本件変額保険契約及び本件各金銭消費貸借契約の締結が公序良俗に違反し、又は錯誤等により無効であるか否か、右各契約の締結に当たって被告らに違法行為があったか否かであり、争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(原告)

1 本件変額保険契約及び本件各金銭消費貸借契約締結に至る経緯

(一) 原告は雑貨商を細々と営む高齢者であり、千津子、隆弘及び恵美子とも生命保険や税金についての専門的知識はなく、投機的取引に投資する財産も持ち合わせておらず、投機とは無関係な生活をしている者であり、被告らにおいてもこのことを熟知していた。

(二) 千津子は、平成元年秋ころ、被告銀行西荻窪支店渉外第一グループ課長松本昂仁(以下「松本課長」という。)の来訪を受け、相続税対策に良い保険があるとして銀行融資による変額保険への加入を勧められた。翌二年二月ころ、同被告西荻窪支店取引先第一課長代理井上浩次(以下「井上課長代理」という。)は、千津子を同支店に呼び出し、安全確実な節税対策として、銀行から借り入れた金員で払込保険料を一括払いする変額保険への加入を勧めた。その際、井上課長代理は、同被告から作成を依頼された税理士である御簾納弘「以下御簾納税理士」という。)の作成に係る「富士からのご提案」と題する書面及び変額保険における資産が九パーセントで運用された場合のみが記載されたシミュレーションを示して、相続税が大幅に減額され、かつ、解約返戻金額が借入金額を上回って相続税の支払いのための資金も捻出することができる旨説明した。その後、同年三月、被告銀行は、千津子を同支店に呼んで、御簾納税理士及び訴外第一生命保険相互会社(以下「訴外第一生命」という。)の営業主任下小瀬博(以下「下小瀬営業主任」という。)から、特別勘定における株式等の運用が九パーセント以上の利益を生むなどとして融資一本型の変額保険が相続税対策として有利で安全であることの説明をさせた。

そこで、千津子は、変額保険が相続税対策として安全確実な方法であると確信し、隆弘及び恵美子にもその旨説明して、変額保険に加入することを決意した。その後、被告銀行から利回りがよいとの理由で被告保険会社を紹介されたが、同被告からは被保険者の健康診断の立会いがされただけで、変額保険についての具体的説明は一切なかった。

この間、被告らは、原告らに対し、変額保険の特性である定額保険との違い、資産運用方針、特別勘定資産の評価方法、解約返戻金には最低保証がないことや試算例として説明を要する運用実績が4.5パーセント、〇パーセントの場合については一切の説明をせず、あえて変額保険の危険性を秘匿した。

また、被告保険会社は、本件変額保険への勧誘に当たり、その説明を専ら被告富士銀行に任せ、「ご契約のしおり―定款・約款」の事前配付、パンフレットや設計書を用いての説明やその他必要とされる確認を怠った。

2 公序良俗違反

(一) 変額保険は、保険契約者から払い込まれる保険料中の保険料積立金を特別勘定として管理して主に株式や債券等の有価証券に投資し、その運用実績に応じて解約返戻金額が変動する仕組みの生命保険であり、保険契約者にとっては、評価益や売買差益まで含めた総合的な収益が期待できる反面、株価や為替等の変動のリスクを負うため、いわゆるハイリスク・ハイリターンの商品特性を有している。また、保険契約者は、特別勘定における資産運用の結果を直接享受しうるが、その運用方法については一切の指図ができないものであり、証券取引法において禁止されている一任売買と同視できる。

銀行から保険料相当額を借り入れて一括して生命保険会社に払い込む方法による変額保険にあっては、保険契約者が死亡したときに変額保険契約を解約して解約返戻金を得、これをもって相続税の納入及び借入金の返済の資金とするとともに、銀行からの借入金相当額を相続財産における債務として相続財産から控除することによって相続人の相続税の負担を軽減することを図るものとして、相続税対策に利用される。このような場合、変額保険契約と融資契約は、相続税対策という目的達成のために互いに不可欠とし、保険契約者にも一体のものとして認識されている。しかしながら、相続税対策として銀行借入れにより保険料を一時払いして変額保険に加入した場合には、銀行及び生命保険会社においては利益を確実に得るが、特別勘定における資産の運用率が借入金利に比べて高くなければ相続税対策の効果はなく、運用率如何によっては、相続財産を失った上に借入金利分の損害を被る危険性がある。

したがって、変額保険は、相続税対策として銀行融資と一体化している場合はもちろん、それ自体としても、公序良俗に違反し、無効である。

(二) 変額保険を募集するに当たっては、生命保険協会の取り決めに従い、業界が統一して実施する変額保険販売資格試験に合格した者に募集を委ねること、大蔵省が各生命保険会社に当てた通達(昭和六一年七月一〇日付け蔵銀第一九三三号通達「変額保険募集上の留意事項について」)により、将来の運用成績についての断定的判断を提供したり、特別勘定の運用成績について恣意に過去の特定期間を取り上げて将来を予測したり、保険金額又は解約返戻金額を保障することは厳しく禁止され、さらに、変額保険の特性を理解させるために、最低限、生命保険協会の要求に従い、保険金額の増減と基本保険金額の関係、資産運用方針、特別勘定資産の評価方針、モデル(運用実績〇パーセント、4.5パーセント、九パーセント)に基づく試算例の提示、解約返戻金及び満期保険金には最低保障がないことを説明しなければならない。

その上、相続税対策としての銀行借入一時払変額保険の危険性にかんがみ、銀行及び生命保険会社は、契約者に対し、相続税対策の内容と具体的効果及びリスクを理解させるために、変額保険が、特別勘定の運用方法として収益性の高い有価証券に投資されるので、失敗する可能性も高く、その運用の結果を保険契約者において引き受けること、解約返戻金を受け取った場合に解約返戻金から一時払保険料を控除した額が一時所得となるために、所得税及び地方税が増加するから、借入れに伴う納入すべき相続税の減少額と解約返戻金との合計額が借入元利金支払額と所得税及び地方税の増加額との合計額を超える場合に初めて相続税対策による効果が生じること、したがって、相続税対策に奏効する特別勘定における運用率がどの程度であるか、その運用率より下がるとどの程度の損害が生じうるか、そして、その運用率は直ちに借入金利の利率と比較すべきでないこと等について十分に説明をすべき義務がある。

しかるに、本件において、被告らは、右説明義務に違反し、変額保険等についての知識や情報に欠ける原告らに対して必要最小限の情報すら与えないで、かえって前記のとおり「保険募集の取締に関する法律」(以下「募取法」という。)、大蔵省通達及び生命保険協会の定める禁止事項を犯す違法な態様で募集を行い、よって原告らの自由意思を侵害して、不当利得を得ようとしたものであるから、このような違法行為によって締結された本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約が公序良俗に違反し無効であることは明らかである。

3 錯誤無効等

(一) 原告らは、被告らから、銀行からの借入金によって変額保険に加入すれば変額保険における資産が九パーセント以上で運用されるので相続税が減額されるとともに、解約返戻金で借入金を返済した上納税資金を準備することができ、資金効果は常にプラスになって安全確実な相続税対策になるとの説明を受けたのみで、変額保険の基本的仕組み・特徴についての説明を受けることなく変額保険を勧められ、このような銀行の勧めを信用し、銀行借入一時払い変額保険に加入することが相続税対策として安全確実であり、変額保険金が運用実績によって大きな格差が生じるとの運用のリスクは全くないものと誤信して、本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約を締結した。

これは要素の錯誤に当たるものであるから、原告のこれらの契約の締結の意思表示は錯誤により無効であり、仮に、その誤信の内容が右各契約締結の動機に当たるとしても、右動機は被告らに対して表示されているから、同様に無効である。そして、変額保険の仕組み・内容及びそれが相続税対策となる仕組みは非常に複雑であり、金融商品に疎い素人である原告らが、金融の専門家である被告銀行及び被告保険会社の説明を信じたとしても、何ら過失はない。

(二) 原告らは、被告らから、変額保険そのものの商品特性について何ら説明を受けないばかりか、その運用実績について九パーセント以上であり、変額保険を利用した相続税対策が安全確実であるかのような虚偽の説明をうけて、本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約を締結したのであり、このような被告らの勧誘態様は欺罔行為に当たるから、原告は、本訴状をもって被告らに対し本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約を取り消す旨の意思表示をする。

(三) さらに、原告は、被告らから、本件各契約に関して一切の説明を受けずに差し出された書類に署名しただけであるから、本件各契約を締結する意思を欠くものであって、本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約は、無効である。

(四) そして、本件金銭消費貸借契約(二)及び本件根抵当権設定契約も、その原因たる本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約が無効である以上、附従性により無効である。

4 不法行為又は債務不履行

被告銀行及び被告保険会社による本件変額保険契約等を締結させるための一連の行為は、以下のとおり、前記説明義務に違反するとともに、募取法及び適合性の原則等に違反する違法な行為である。

(一) 被告らは、銀行借入一時払変額保険について、前記のとおり、その基本的仕組み、そのリスク、相続税対策として有効でない場合、その場合に生じうる損害について説明すべき義務があるのに、その説明を尽くさず、かえって保険金が九パーセント以上で運用されることや相続税対策として安全確実であること等を強調した。

(二) 井上課長代理、御簾納税理士、下小瀬営業主任らは、前記のとおり、原告らに対し、変額保険の運用実績が九パーセントより上であることは間違いない旨の説明をしたり、変額保険のハイリターン性のみを強調して変額保険が相続税対策として安全確実なものと誤信させており、このような行為は将来の運用成果について断定的判断を提供する行為として「不実のことを告げ」「特別の利益の提供を約」する行為(募取法一六条一項一号、四号)に該当するとともに、少なくとも「募集に関して著しく不適当な行為」(同法二〇条一項二号)に該当するほか、被告銀行が変額保険の加入を積極的に勧誘したことは生命保険募集人以外の者による募集の禁止(募取法九条)及びこれを踏まえて生命保険協会の定めた変額保険販売資格者以外の無資格者の募集の禁止に触れる。

(三) 投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮しなければならないのに(適合性の原則、証券取引法五四条一項一号参照)、被告らは、投機とは全く無縁である原告らに対して、前記のとおり、変額保険の危険性を説明せず、安全有利である旨を強調して変額保険への加入を勧誘したが、このような被告らの行為は右原則に違反する。

(四) さらに、銀行はその業務の公共性にかんがみ、融資契約によって借主が過大なリスクを負うことがないように審査し、生命保険会社は危険な商品を扱う公共のサービスの提供者として、変額保険の運用によって顧客に多額の負債を生じさせるおそれのあるときは情報を提供して注意を喚起し、もって顧客の安全を確保すべき義務があるのに、被告らは、これらの義務を怠った。

(五) 前記のような不法行為に該当する行為は、いずれも契約締結上の付随義務にも違反するものであるから、右義務に違反して原告に本件各契約を締結させた被告らには、債務不履行の責任がある。

5 よって、原告は、主位的に、被告銀行に対し、本件変額保険契約並びに本件金銭消費貸借契約(一)及び(二)が、公序良俗に違反し、若しくは錯誤により締結されたものであって無効であり、又は詐欺によって取消されたものであるから、右各金銭消費貸借契約に基づく元金三億〇五〇〇万円の返還債務及び元金二六〇〇万円の返還債務の存在しないことの確認並びに根抵当権設定登記の抹消を求め、被告保険会社に対し、本件各保険契約の無効の確認を求めるとともに、同被告において原告が支払った払込保険料合計二億七五八一万四〇〇〇円を不当に利得しているので、右不当利得金及びこれに対する右金員を受領した日の翌日である平成二年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的に、被告らに対し、共同不法行為又は債務不履行に基づき、払込保険料、登記費用、金銭消費貸借契約の利息分等原告が負担を余儀なくされた合計三億三一〇〇万円並びにそのうち本件金銭消費貸借契約(一)に係る金三億〇五〇〇万円に対する契約日である平成二年四月一八日から支払済みまで約定の年7.6パーセントの割合による利息相当分及び本件金銭消費貸借契約(二)に係る金二六〇〇万円に対する契約日である平成三年四月二二日から支払済みまで約定の年7.8パーセントの割合による利息相当分を損害賠償として請求する。

(被告銀行)

1 被告銀行は、変額保険に関心を有する千津子に対し、変額保険については訴外第一生命及び被告保険会社を、税金面については御簾納税理士を紹介したところ、下小瀬営業主任は保険金額が合計三億円、運用実績が〇パーセント、4.5パーセント、九パーセントの場合の設計書を交付して変額保険の仕組み等の必要事項について適切な説明をし、御簾納税理士は保険金額合計三億円の変額保険及び養老保険を活用した場合の相続税シミュレーション表を交付して相続税対策の仕組みを説明したに留まり、原告主張のような強い勧誘や断定的な説明をしたことはないし、「富士からのご提案」や「日経マネー」を使用したこともない。被告銀行自らは変額保険を利用した相続税対策の一般的かつ概括的な説明をしたに留まり、原告らに対して積極的に変額保険への加入を勧誘したり、変額保険について安全確実な節税対策であると説明したことはない。

2 変額保険は原告の主張するようなハイリスク・ハイリターンの商品特性を有するものではないから、変額保険契約はそれ自体公序良俗に反するものでないし、本件金銭消費貸借契約(一)と本件変額保険契約は、一体性を有するものではない。

また、被告銀行には変額保険の内容及びその相続税対策としての効果等について説明すべき義務はないから、右説明義務違反は問題とならず、被告銀行は保険の募集その他違法な行為をしていない。

なお、被告銀行には募取法が適用される余地はなく、しかも、募取法は取締法規であるから、その違反が直ちに私法上の無効に結び付くものではない。

3(一) 原告らは、御簾納税理士及び下小瀬営業主任の説明により、変額保険が株式運用を主体とするためにリスクがあることを十分に理解した上で、本件変額保険契約及び本件金銭消費貸借契約(一)を締結しており、その契約締結の意思表示に要素の錯誤はない。

(二) また、被告銀行は、本件各契約の締結に至る過程において、変額保険を利用した相続税対策が安全確実などと虚偽の説明をしたことはなく、欺罔行為に当たらない。

(三) 被告銀行は、原告に対し、本件各金銭消費貸借契約の内容を説明し、原告の意思を確認した上で、本件各金銭消費貸借契約及び本件根抵当権設定契約を締結しており、これらの契約は有効に成立している。

4 前記のとおり、被告銀行は、変額保険に関心を示す原告らに対し、生命保険会社及び税理士を紹介することにより、原告が保険加入について判断するに十分な情報を与えており、相続税対策として安全確実である等と強調したことはなかったのであるから、被告銀行の本件各契約の締結に係る行為が不法行為又は債務不履行になることはない。

(被告保険会社)

1 被告保険会社の担当者である小林自知(以下「小林外務員」という。)は、本件変額保険契約締結に際し、原告本人のみならず原告の子である千津子、隆弘及び恵美子に対し、設計書、会杜案内書、変額保険の内容が記載されている商品案内書(パンフレット)及び「ご契約のしおり―約款」を渡して、本件変額保険の基本内容、基本保険金、解約返戻金等の要点をわかりやすく説明している。また、被告保険会社が変額保険の運用実績は九パーセント以上であるとの説明をしたことはない。なお、原告らは、当初、訴外第一生命と同内容の変額保険を締結する手続を進めていた関係で、訴外第一生命の担当者下小瀬営業主任からも変額保険の内容につき説明を聞いており、変額保険について豊富な知識を有していた。

2 変額保険は、基本保険金について最低保障するとともに、払込保険料の一部を投資運用してその運用益を基本保険金に加算することによって基本保険金の価値の相対的減少を防止するものであるから、何らハイリスク・ハイリターン性はなく、それ自体公序良俗に反するものでない。また、本件金銭消費貸借契約(一)と本件変額保険契約は、当事者、目的を異にし、被告銀行と被告保険会社が法人格を異にして何らの業務提携や資本提携をしていないことから明らかなように、一体性を有するものではない。

生命保険会社が変額保険を販売するに当たって、相続税対策の内容と具体的効果及びリスクについて説明すべき義務はない。被告保険会社は、被保険者の死亡による保険契約者や受取人等の遺族の生活保障を引き受けたものであって、原告らの相続税対策を引き受けたわけではないから、原告に対し、相続税対策になりうるか否かにつき説明すべき義務を負うものではない。

したがって、被告保険会社に右説明義務違反がないことはもちろん、被告らの本件勧誘行為には違法な点はなく、被告らが原告らの自由意思を侵害して本件変額保険契約を締結したものではないから、公序良俗に違反するものではない。

3(一) 変額保険の基本的要素は、保険条件、保障金額、払込保険料の金額、払込みの方法であり、保険契約を利用して利潤を獲得し、相続税対策を図ろうとすることは生命保険契約の意思表示の内容を構成しない。したがって、本件変額保険契約の締結について、原告に要素の錯誤はない。原告は、相続税の支払い額も減少するものと誤信して、自ら予想した利潤を取得できなかったにすぎない。

(二) 被告保険会社は、本件各契約の勧誘から締結に至る過程において、相続税対策に効果があるとか、さらには虚偽の説明をしたことはないから、その勧誘行為は欺罔行為に当たらない。

(三) 原告は、千津子に対し、あらかじめ包括的に本件各契約の締結を含む相続税節税のための諸対策を採ることを委任していた。被告らは、本件各契約の締結に至るまでの間に、千津子らに対して、本件各契約の内容を説明して了解を得ている。したがって、原告に契約締結の意思が欠けていたことはない。

4 小林外務員は、本件変額保険契約締結に当たり、原告らの意向を十分に配慮し、変額保険に関する必要な情報を提供して、説明義務を尽くしている。また、被告銀行に変額保険の説明をさせた事実もない。したがって、被告保険会社の本件勧誘行為が不法行為又は債務不履行を構成することはない。

第三  争点に対する判断

一  変額保険の内容等

甲一、二、八、一三、一四、一五、二九、三〇、三三及び三四並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  変額保険とは、保険契約者から払い込まれる保険料のうち将来の保険金の支払いに必要とされる部分を定額保険に関する勘定(一般勘定)とは別の勘定(特別勘定)として管理し、これを主に株式、債券等の有価証券に投資し、その運用実績に応じて保険金額(死亡保障については、遺族の生活保障という生命保険の社会的責任にかんがみ、最低保障が設けられている。)や解約返戻金額が変動する仕組みの生命保険である。定額保険においては、保険料について安全性を重視した運用を行い、保険契約者に対してはその運用結果にかかわらず一定の給付が保障され、運用のリスクは保険会社が負担することとされているのに対し、変額保険においては、有価証券の投資に運用されるため、経済情勢や運用如何によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替などの変動によるリスクを負い、しかも運用実績が直接保険金額に反映されるため、運用の成果もリスクも保険契約者に帰属する点に特徴がある。

2  変額保険は、昭和六一年七月に大蔵省により認可され、同年一〇月からその営業が開始されたものである。

(一) 昭和六一年から平成元年ころにかけての日本経済は好景気の状況にあり、東京証券市場における株価は、昭和六二年一〇月二〇日に前日のニューヨーク株式市場の暴落を受けて暴落したものの、その翌日から一気に回復し、その後上昇を続け、ついに平成元年一二月には史上最高値を記録した。この間、大都市部を中心に地価も著しく高騰した。変額保険は、当初は、このような株価の上昇を受けて、利回りのよい「財テク商品」として売上を伸ばしていたが、その後、銀行からの融資により保険料を一時払いすることにより相続税の節税効果を狙う商品として、地価高騰で相続税の支払いに悩む大都市周辺の不動産所有者を対象に広く売り出された。

(二) しかし、平成二年二月から三月にかけて株価は急落し、同年五月から比較的順調に回復したものの、同年七月から九月にかけては約三五パーセント下落した。このため、平成二年三月末時点で、変額保険における特別勘定の資産の運用成績は、被告保険会社について平成元年加入分の一部につきマイナスが記録されたほか、同業他社でもマイナスのものが見られるようになり、また、加入時点が遅くなるにつれて運用成績が悪化する傾向にあった。さらに、その後の株価の暴落を受けて、生命保険会社各社の変額保険の特別勘定の運用実績は軒並み悪化し、それに伴い、銀行借入れにより変額保険に加入した保険契約者らにとっては、受け取るべき解約返戻金が融資による一時払いの保険料を下回る結果となった上、増大する借入金利の負担を余儀なくされることとなった。

3  右にいう節税の仕組みは、以下のとおりである。

保険契約者を被相続人、被保険者を推定相続人として銀行借入一時払いにより変額保険に加入した場合には、生命保険契約に関する権利は相続財産となるが、保険料の全額が一時に払い込まれた生命保険契約に関する権利の価額は払込保険料の全額に相当する金額とされているため(相続税法二六条一項ただし書)、一時払保険料相当額だけ相続財産の評価は増加し、一方、被相続人は保険料全額を銀行からの借入れによって支払っているので、右借入元利金債務分だけ相続財産の評価は減少することになり、したがって、相続財産評価額は借入金利相当額だけ減少し、支払い相続税額もまた減少することになる。また、相続人が相続税を納めるために当該生命保険契約を解約した場合において、右の相続財産評価額の圧縮による支払相続税の減少額と解約返戻金の合計額が借入元利金額並びに解約返戻金を一時所得として加算された総所得金額の増加分に係る所得税及び地方税額(所得税法三三条三項、二二条二項二号、地方税法三二条)の合計額を超える場合には相続税対策の効果が上がることになる。

被保険者を被相続人として銀行借入一時払いにより変額保険に加入した場合には、死亡保険金のうち被相続人の負担した保険料に対応する部分は相続により取得したものとみなされるものの、一定額の限度で相続財産の評価から控除できるため(相続税法三条一項一号、一二条一項五号)、その限度において相続財産評価額が圧縮され、支払相続税額も減少することとなる。

4  ところで、変額保険が、以上のように、従来から我が国において定着していた定額保険とは異なる特徴を有するものであるから、保険契約者に変額保険の仕組み・特徴を理解させるべく、その募集・販売に当たって、次のような規制が設けられている。

(一) 募集に関して、通常の保険と同様、募集資格を生命保険募集人として登録された者等に限定し(募取法九条)、生命保険募集人が使用する募集文書図画について、所属保険会社の商号若しくは名称又は生命保険募集人の氏名を記載しなければならず(同法一四条)、保険会社の将来における利益の配当又は剰余金の分配についての予想に関する事項を記載してはならない(同法一五条二項)とし、さらに保険契約者又は被保険者に対して、不実のことを告げ若しくは保険契約の契約条項の一部につき比較した事項を告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為、保険契約者又は被保険者に対して特別の利益の提供を約する行為等を禁止している(同法一六条一項一号、四号等)。

(二) 保険業界の自主規制として、社団法人生命保険協会において、変額保険販売資格制度を設けて変額保険の販売資格を販売資格試験に合格した者に限定しているほか、「募集文書図画作成基準」を設けて生命保険協会に登録されていない私製資料の使用を禁止している。

さらに、生命保険協会の作成に係る販売資格試験用変額保険テキストにおいて、変額保険の販売に際しては、保険金額の増減と基本保険金額、特別勘定の資産運用方針、特別勘定資産の評価、モデル(運用実績が〇パーセント、4.5パーセント、九パーセント)に基づく試算例並びに解約返戻金額及び満期保険金額には最低保障がないことについて顧客に確認すること、変額保険契約の申込みを受けるに当たっては「ご契約のしおり―定款・約款」を事前に配付することが要求され、更に、契約締結後においては、契約応答日における特別勘定の運用実績に基づく解約返戻金額、同日前一年間の死亡保険金額の変動状況等について通知し、事業年度末には年度末特別勘定資産の内訳、特別勘定の運用収支状況等について通知することが要求されている。

(三) 大蔵省が各生命保険会社社長に宛てた昭和六一年七月一〇日付け蔵銀第一九三三号通達「変額保険募集上の留意事項について」は、変額保険の特殊性にかんがみ、契約者との無用のトラブルや募集秩序の混乱を防止し、変額保険の健全な普及・発展を期す観点から、将来の運用成績についての断定的判断を提供する行為、特別勘定運用成績について募集人が恣意に過去の特定期間を取り上げそれによって将来を予測する行為及び保険金額(死亡保険金の場合には最低保証を上回る金額)あるいは解約返戻金額を保障する行為について、変額保険募集上の禁止行為とし、変額保険の販売資格のない募集人による募集行為を変額保険契約者の利益を阻害し健全な募集秩序を乱す行為として明確化した。

二  本件各契約締結に至る経緯

甲三から七まで、一一、一二、一九、二〇、二一、三七、三八、四一、五五、五七、六〇及び六二、乙一から六まで、丙一から五まで及び八並びに証人樋野千津子、同樋野隆弘、同御簾納弘、同井上浩次及び同小林自知の証言によると、以下の事実が認められ、右認定に反する甲三八(樋野千津子の陳述書)、乙二(井上浩次の陳述書)及び三(池田英二の陳述書)並びに証人樋野千津子、同樋野隆弘、同御簾納弘、同井上浩次及び同小林自知の証言の一部はいずれも採用しない。

1  原告は、平成二年当時、その所有する杉並区西荻南三丁目の土地建物で次女恵美子の家族と同居しながら、同所で日用品雑貨商を営んでいた者であるが、資産としてほかに杉並区宮前にある土地、国分寺駅前にあるビル(地下一階、地上三階)及び長女千津子の居住する土地建物を有していた。

原告の長男隆弘は、当時杉並区宮前に居住して一部上場企業に勤めていた。

原告の長女千津子は、前に約一三年間麻雀クラブを経営していたが、当時は、原告の所有する国分寺市南町の土地建物に居住して、国分寺駅前にある原告所有のビルの管理をしていた。なお、千津子は、当時約一五年にわたり、株式投資の経験を有していた。

2  千津子は、昭和六三年ころ、原告の居住家屋の老朽化に伴う建て替え資金の借入れの相談をするために、長年取引のあった被告銀行西荻窪支店を訪ねたが、その際、以前から原告より相続税対策について一任されていたので、原告所有の不動産に係る相続税の負担が重いと話したことがあった。これを契機に、その後、千津子は、同支店の松本課長や井上課長代理に相続税対策の相談をするようになり、自ら銀行からの融資により千津子の自宅の隣地を購入してビルを建築するとの構想を話したり、また、同支店側からは、被告銀行の融資を受けて原告所有の宮前の土地に学生寮を建築するとの案が示され、それを受けて千津子において建設会社にプランニングの作成を依頼して検討したりしたが、いずれも借入金利を支払うほどの収益が上がらないと考え、実行するには至らなかった。

千津子は、この間随時、隆弘に対して、相続税対策についての検討結果を報告し、同人と相談をしていた。

3  その後、平成元年秋ころ、千津子は、その自宅に松本課長の来訪を受け、同人から、相続税対策として効果がある方法に、保険料を銀行からの融資金で一時払いして生命保険に加入することがあることを知らされた。

松本課長は、千津子が右の話に興味を示したので、同年一二月ころ、被告銀行の取引先である御簾納税理士に対し、原告らに説明するため、千津子、隆弘及び恵美子を変額保険加入予定者としてその性別及び年齢を示して、銀行からの融資を受けて保険金額三億円(被保険者一人当たり一億円)及び保険金額六億円(被保険者一人当たり二億円)の変額保険に加入した場合における節税効果に関する検討を依頼した。右要請を受けて、御簾納税理士は、被保険者を当該三人とし、運用実績を九パーセント、保険金額総額を三億円又は六億円とする場合の払込保険料並びに五年後及び一〇年後の解約返戻金、相続税額及び銀行借入一時払変額保険に加入した場合の節税額を記載した表を作成し(甲三の五枚目)、これを松本課長に手渡した。

4  井上課長代理は、平成二年二月二〇日、千津子を被告銀行西荻窪支店に呼び出し、同人に対し、相続税対策について相談を受けていた経緯を踏まえて、相続税対策となるか否かの観点から、銀行借入一時払いの変額保険について、一時払いの保険料を融資で賄うこと、変額保険の払込保険料が株式等に運用されることを話した上、御簾納税理士作成の前記の表を示しながら、銀行借入一時払いの変額保険に加入した場合における節税効果として、相続財産として評価される対象は解約返戻金ではなく払込保険料となるので、解約返戻金が払込保険料よりも増加していればその差額分だけ相続財産の圧縮となり、借入分だけ相続財産の評価を下げることができること、現在の特別勘定の運用は九パーセント以上であることを説明し、これを踏まえて、原告が銀行から融資を受けて被保険者を推定相続人三人として保険金額三億円又は六億円の変額保険契約に加入した場合における節税効果について具体的数字を示して説明したが、銀行借入れの支払いに関しては利息も含めて借り入れることを説明するに留まった。

井上課長代理は、同月二六日、隆弘に対し、同様の説明をするとともに、雑誌日経マネーに掲載された各生命保険会社の変額保険の運用ランキング一覧表の資料を示して過去の運用の実績についても説明した。

5  その頃、井上課長代理及び松本課長の後任である被告銀行西荻窪支店取引先第一課長池田英二(以下「池田課長」という。)は、御簾納税理士に対し、千津子らの理解を得るため、変額保険の仕組み及び銀行借入一時払変額保険に加入した場合の節税効果等について説明するよう依頼し、あわせて、先に松本課長の依頼に基づき作成された表におけると同様の事項につき保険金額を九億円とするシミュレーションの作成を依頼した。

そこで、御簾納税理士及び同人の紹介を受けた下小瀬営業主任は、右の依頼を受けて、平成二年三月一四日、被告銀行西荻窪支店で、千津子に対して、変額保険について説明する機会をもった。

その際、御簾納税理士は、千津子に対して、あらかじめ作成しておいた「一時払い養老保険活用の場合」及び「変額保険活用の場合」と題する書面(乙四、いずれの書面にも、被保険者三人、一人当たりの保険金額一億円、保険料全額借入れ、借入利息6.5パーセントを毎年借増すこととした上、解約返戻金、借入金残高、相続税評価減、相続税、節税額及び資金増加の各項目につき加入後三年、五年及び一〇年の場合における具体的金額が記載され、さらに、前者には、変額保険がリスクもあるため、リスクを分散するために、二〇から三〇パーセントを変額保険に、残りを一時払養老保険にすることができること、後者には、保険の運用が九パーセントであること、自己資金なしで節税ができて「財テク」効果が取得できるメリットがあること、借入れを一部自己資金とすればリスクを回避できることと付記されている。)を交付し、それに基づき、相続人を被保険者とする保険契約については、解約返戻金が払込保険料を上回ればその差額分だけ相続財産の圧縮となり、節税効果がある一方、変額保険は株式に投資運用されるためリスクがあり、したがって変額保険に一時払養老保険を組み合わせたり、一部自己資金で変額保険に加入することによってそのリスクを回避する方法があることについて説明した上、推定相続人三人が保険金額一億円の変額保険にそれぞれ加入し、その変額保険における資産の運用実績が九パーセントである場合について、具体的数字によって節税効果を説明した。また、下小瀬営業主任は、あらかじめ、被保険者として性別及び年齢を千津子、隆弘及び恵美子と同じとした者を想定して保険金額を一億円、特別勘定の資産の運用実績を〇パーセント、4.5パーセント、九パーセントとした場合における解約返戻金及び死亡保険金の経過年数に応じた額を示した設計書(乙五)を作成し、これを千津子に交付して、定額保険と変額保険の違い、変額保険の特別勘定の運用方法について説明し、さらに、雑誌日経マネーの記事で、昭六一年一一月から平成元年一二月までの各生命保険会社の運用実績の平均値を記載した「変額保険運用ランキング」と題するもの(甲四一)及び九パーセントの運用実績は長期であれば十分期待できる旨の記載のあるもの(乙六)を示して、当時の訴外第一生命の運用実績が16.9パーセントであって今後の運用実績についても九パーセント以上になるであろうと説明した。なお、下小瀬営業主任の作成に係る右の設計書には、「特別勘定」の運用実績に応じて保険金額が変動すること、運用実績が負の場合でも死亡・高度障害保険金額は最低保障により基本保険金額を下回ることはないことが記載され、図示されている。また、運用期間が昭和六一年一一月から平成元年一二月までの変額保険の運用実績についてみると、大部分の生命保険会社で二桁以上の運用実績を示し、訴外第一生命においては、16.9パーセントであった。

その二、三日後、下小瀬営業主任は、千津子の要請を受けて、隆弘の勤務先を訪れ、同人に対し、前記設計書を示して、変額保険の仕組み及びこれに加入することによる節税効果について説明した。

6  これら一連の過程を経て、千津子は、保険金額を一人当たり三億円、合計九億円として、銀行借入一時払変額保険に加入することを前向きに検討することとし、平成二年三月一九日、恵美子と共に訴外第一生命新宿支社で保険加入のための身体検査を受けた。

7  ところで、被告銀行は、払込保険料に係る融資に関して保険債権に質権を設定することについて、訴外第一生命の同意を得られなかったため、原告らに対して、訴外第一生命に代えて被告保険会社(当時はエクィタブル生命保険株式会社)を紹介することとし、同月二八日、井上課長代理及び池田課長は、千津子に対してその旨を伝えて、同人の了解を得た。そして、その場で、井上課長代理は、千津子に対し、御簾納税理士作成に係る保険金額総額を九億円とするシミュレーション(甲三の一ないし四枚目)を示して、保険金額を九億円と仮定した場合の節税効果について説明をした上、被告銀行から原告に対する融資金額及びその方法、融資に当たって根抵当権の設定が必要であること、根抵当権設定登記手続の際の登記料等について説明をした。

その頃、千津子は、隆弘に対し、保険金額を一人当たり三億円として変額保険に加入することを伝えた。

8  被告銀行は、翌二九日ころ、被告保険会社に、原告らに保険加入の意思があることを伝えた。これを受けて被告保険会社の担当者小林外務員は、被保険者を千津子、隆弘及び恵美子、保険金額をそれぞれ三億円として、運用実績〇、4.5、九パーセントの場合における経過年数に応じた死亡高度障害保険金額及び解約返戻金を表した設計書(甲一九、二〇、二一)を作成した。

千津子及び恵美子は、同年四月三日、池田課長に案内されて、被告保険会社の新宿支社に行き、小林外務員を紹介された後、同人の案内で明治生命保険相互会社の診療所に行き、保険加入のための身体検査を受けた。その際、小林外務員は、千津子及び恵美子に前記設計書を示して、その記載に則った概括的説明をした上、保険契約申込書(丙一、二、三)の被保険者欄に同人らの署名押印を貰った。

翌四日ころ、小林外務員は、原告宅を訪れ、原告に変額保険加入のための手続を進めようとしたところ、原告からすべて千津子らに任せていると言われたので、同人らの前で保険契約申込書に原告の署名押印を貰った。その際、小林外務員は、千津子に変額保険(終身型)の「ご契約のしおり―約款」と題するパンフレットで変額保険(終身型)の特徴・仕組み、保険金の支払い等及び変額保険(終身型)普通保険約款等の記載のあるもの(丙八)を交付した。

隆弘は、同月七日ころ、自宅に小林外務員の訪問を受け、身体検査を受けるとともに、保険加入申込書(丙四、五)の被保険者欄に署名押印した。その際、隆弘は、小林外務員から、設計書を示されて変額保険についての概括的説明を受けたが、自らも保険金額や資産運用について質問をした。

9  井上課長代理は、同月九日、原告宅を訪問し、恵美子の立会いのもとに、銀行取引約定書、金銭消費貸借契約書(甲四、五)及び根抵当権設定契約書に原告の署名押印を受けた。

被告保険会社は、同月二〇日、被告銀行からの入金を確認し、契約日を同年五月一日として、本件各変額保険契約を締結した。

三  原告は、被告銀行が、井上課長代理又は御簾納税理士及び下小瀬営業主任を通じて、本件一時払変額保険につき、その危険性については説明せず、却って九パーセント以上の利益を生む安全確実な相続税対策であると説明して勧誘したなどと主張し、これに沿う証拠もあるので、以下この点に関し付言する。

1  証人樋野千津子は、平成二年二月二〇日被告銀行西荻窪支店で井上課長代理に会った際の状況について、「何かシミュレーションを示されまして、この保険は、銀行がこの保険のお金を貸し出し、そのお金で父が保険金を払い込んで子供たちに保険を掛け、そして九パーセント以上に運用され、万が一、父に不幸があったときには、相続税が減額され、また納税資金を得られ、父が長生きすればするほどいいというようなお話でございました。」(九、一〇頁)、「私は、シミュレーションによると、相続税対策による保険は九パーセント以上に運用すると、ただ単に理解をしました。」(五一頁)、「それは、保険を利用した相続税対策ということで、保険の運用益で金利が支払われるというふうに認識しておりました。」(五二頁)と証言し、同年三月一四日、同支店で御簾納税理士及び下小瀬営業主任に会った際の状況について、「下小瀬さんのお話だと、一部、株式にて運用、その他、国債等にて運用するので、安心なものだということでした。リスクの説明は全くありませんでした。」(五三頁)、「九パーセント以上で運用されるということで、日経マネー誌の一六パーセントとかいうところを示されて説明されました。」(五四頁)、「この保険の内容につき、一部、株式にて運用、その他、国債等にて運用するので全く安心、そのことぐらいで、余り多くをお話になりませんでした。」(五六頁)と証言している。これらの証言に加え、千津子が、前認定のとおり、当時二五年以上の株式投資の経験があることに照らすと、千津子は、少なくとも変額保険が株式に運用されるものであることを知っていたのであり、したがって、その運用によっては危険の生じうることを認識していたものということができる。更に、御簾納税理士が千津子に対して同人作成に係る説明書(乙四)を示して説明していることは、千津子自身証言するところであり、同書面には変額保険がリスクを伴う趣旨の記載があることは前認定のとおりであるから、右事実から千津子に対して変額保険について一定のリスクを伴うことの説明があったものと推認することができ、同書面に関し、「このような書類に見覚えありますか。」との質問に対し、同人は、「このような書類だったかもしれませんが、数字の所を私はずっと見ておりました。」と答え(一八頁)、「数字の所というのは、それぞれのページに書かれてある数字の表ですね。」との質問に対し、「はい。九パーセント運用という所を強調しておりましたので、あとはあんまり目がそちらのほうに行っておりませんでした。」と答えているが(一八頁)、その証言こそ不自然である。

2  下小瀬営業主任が千津子に対して設計書を交付して説明したか否かについては、証人樋野千津子は設計書を渡されていないと証言する。

しかし、この点については、その説明の場に居合わせた御簾納税理士が「下小瀬さんが保険の設計書を見せまして、〇、4.5、九パーセントでこういうふうになるんです、死亡保険金はどうのこうのという話をしていましたけど」と明確に証言しているところであり、また、設計書は、通常、変額保険の内容について説明する際に使用されるものであり、変額保険の説明のためにわざわざ被告銀行西荻窪支店に呼ばれた下小瀬営業主任が設計書を作成しないで来たということは不自然であることから、同人は、右説明に際して、千津子に対して設計書を交付して説明したものと認めるのが相当である。

3  次に、小林外務員が千津子らに変額保険について説明をしたか否かについて検討する。

この点について、小林外務員は、千津子らに対し設計書(甲一九、二〇、二一)を示して変額保険の内容を説明するとともに、被告保険会社には他の生命保険会社と異なり三つの特別勘定(日本株式型、米国株式型、金融市場型)があって、株価が下がってきているので金融市場型が安全であると勧めたが、千津子らに断られたと証言し、一方、千津子は、小林外務員から変額保険について説明を受けていないと証言している。

被告保険会社の本件契約締結に至るまでの過程についてみると、本件においては、被告保険会社が関与する前にすでに一か月余、原告らと被告銀行の間で銀行借入一時払変額保険による相続税対策について検討され、千津子において銀行借入一時払変額保険を利用することがいかに相続税対策となるか否かについて三回にわたって説明を受け、変額保険についてもすでに下小瀬営業主任から詳しく説明され、千津子らが小林外務員と初めて会った四月三日の時点ではすでに契約締結の意思を固めていたことが認められ、このような経緯からすれば、被告銀行において、生命保険会社が変更されただけであるから今更変額保険の仕組み等についての説明することは不要であると考えていたであろうし、被告保険会社においても、通常の変額保険加入予定者に対する場合とは異なり、変額保険の仕組み・内容の説明について簡略なもので足りると考えていたであろうことが推察されるから、小林外務員の千津子らに対する説明は、前認定のとおり概括的なものに留まったとみるのが自然である。

4  更に、小林外務員が設計書(甲一九、二〇、二一)及び約款(甲九と同種のもの)を原告らに交付したかについて検討すると、設計書の作成日は、その作成日欄の記載から平成二年三月二九日であると認められ、小林外務員が千津子らと会った同年四月三日に近接していることから、右設計書は原告らに交付するために作成されたものと解するのが合理的である。次に、約款の作成は、その記載から平成三年六月以前と認められるが、右約款は、本件変額保険による損害について話し合いがもたれた際に千津子が被告保険会社に対して、約款をもらっていないと言ったところ、平成四年五月八日に被告ニコス生命から原告方に届けられたものであり(証人樋野千津子三四頁)、むしろ右約款の存在からすると、平成二年四月当時においても被告保険会社が同種の約款を作成していたものと推認することができ、また、保険契約申込書(丙一から五まで)の「ご契約のしおり―約款」ご受領印欄にはすべて原告の受領の印が押されている。

以上の事情及び証人小林自知の証言(一一頁、二八頁)からすると、小林外務員は、千津子に設計書(甲一九、二〇、二一)及び約款(甲九と同種のもの)を渡したものと認めるのが相当である。

四  原告の主張に対する判断

1  公序良俗違反の主張について

(一) 変額保険は、前記のとおり、特別勘定の運用実績が直接保険金額及び解約返戻金額に反映するものであって、保険契約者は特別勘定資産の運用方法について一切の指図ができないものであるから、保険契約者において直接特別勘定の運用のリスクを負うことになる。しかしながら、その運用成果によっては高い収益を期待することができ、その収益を直接保険金額の増加として保険契約者に還元することができるため、定額保険に比べてインフレによる保険金額の目減りを保全しやすいという機能(インフレヘッジ機能)がある上、少なくとも死亡保障については保険金額に最低保障が設けられており、遺族の生活保障という生命保険としての機能も有している。更に、前記のとおり、保険契約を締結しようとする者又は保険契約者に、契約の締結の前後において、変額保険の特徴を正確に把握し、特別勘定の運用実績についての判断に遺漏のないように、保険会社に情報の開示等の責務を課している。このような変額保険の機能に加え、契約締結の前後に各種の規制が課せられていることにかんがみれば、変額保険自体が公序良俗に違反するとまでいうことはできない。

(二) 原告は、銀行借入一時払変額保険において、変額保険契約と融資契約は相続税対策という目的達成のために互いに不可分かつ一体のものであると主張する。

変額保険契約及び融資契約が相続税対策として効果があるとして併せて募集、勧誘され、同一の機会に締結されることが多く、また、銀行の融資によって変額保険の保険料を支払うこととすることによって一定の場合に相続税対策として効果を上げることがあるが、両者は、もとより当事者及び目的を異にし、別個独立に締結されるものであって、変額保険は銀行からの融資を受けることをその契約の要素としているわけではなく、生命保険会社と銀行との間で変額保険の販売に当たり業務提携がされることが必要であるわけでもなく、相続税対策としても、保険契約者の側で両契約を利用しているにすぎないのであるから、変額保険契約と融資契約が同一機会に締結されることが多いとの一事をもって、両者が一体の関係にあるということはできない。本件においても、変額保険契約と融資契約との一体性を認めるべき格別の事情は認められない。そして、銀行借入一時払いの変額保険において、融資契約に基づく金利を負担することは当然であるから、保険契約者が銀行からの借入によって多額の損害を被る危険性があることをもって、変額保険が公序良俗に違反するということもできない。

(三) 原告は、仮に変額保険契約がそれ自体公序良俗に違反するといえないとしても、被告らの本件各契約締結に向けた違法な勧誘等の行為に照らすと、本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約は公序良俗に違反すると主張するので、その前提として、被告らに原告主張のとおりの内容の説明義務があるか否かについて検討する。

変額保険の募集及びその契約の締結に当たり、募集人を含めた生命保険会社に対し、各種の規制が設けられていることは前記のとおりであり、これらの規制の目的は、従来我が国においては生命保険としては定額保険のみが存在し、したがって国民の間に生命保険は安全性の高い商品であるとの認識が広まっていたとの実情にかんがみ、新たに変額保険を販売するに当たって保険契約者の利益を保護することにあると考えられる。これらの規制の趣旨からすれば、生命保険会社は、変額保険の募集から締結に至るまで、変額保険契約に加入しようとする者又は契約締結者に対して、取締法規上の義務又は生命保険協会に対してその要求する遵守事項に従うべき義務があるものの、これらの義務を生命保険会社において契約締結上の義務又は契約に内在する義務として負うものではない。したがって、生命保険会社が右規制に違反したときに、行政上の制裁又は生命保険協会若しくは業界による制裁を受けることはあっても、右規制に違反して締結された契約の私法上の効果が、その違反をもって直ちに否定されるものでない。ただし、このことは生命保険会社が右の義務を疎かにしてよいというものではないこと当然であって、変額保険の前記のような特性にかんがみれば、生命保険会社において、右の各種規制を遵守することはもとより、募集・勧誘に際して、変額保険契約に加入しようとする者に対して、有効な意思の合致に向けて、当該者の年齢、契約に関する知識の程度等に応じて、よりきめ細かな説明を尽くす必要がある場合があるといわなければならず、このような観点から、契約の締結における個別具体的事情に照らして、当該契約が信義則に違背することがありうることはいうまでもない。また、生命保険会社が当該契約の内容について説明しないことにより、又は不適切な説明をしたことにより、相手方との間で、当該契約における意思表示の合致をみないときに私法上の効果の生じないことがありうることも別論である。

この理は、銀行の融資契約を締結しようとする者に対する当該融資契約に係る責務についても妥当する。融資契約を有効に成立させるため、銀行において有効な意思の合致に向けて、相手方の年齢、知識の程度等に応じて、当該融資契約の要素について説明する必要がある場合はあるが、もとより説明すべき私法上の義務を負うものではない。また、相続税対策として変額保険契約及び融資契約が併せて締結されるとしても、両契約は別個独立の契約であって、相続税の節税効果があることをその契約内容としているものではないことからすると、銀行が融資契約を締結する場合において、変額保険の仕組みのみならず、いかなる場合に相続税対策として効果が生じうるか等融資契約の要素を超える範囲について説明する義務もないといわなければならない。

なお、銀行又は生命保険会社が、その公共性及び社会的信用性にかんがみ、誠実に顧客に対応すべき責務を負うこともまた当然である。

(四) 以上を前提に、まず、被告銀行が変額保険販売資格がないにもかかわらず本件変額保険の募集事務を行ったとする点について検討すると、井上課長代理が千津子に対し変額保険に関する事項について述べたことは前認定のとおりであるが、前記認定事実によれば、被告銀行の井上課長代理又は松本課長は、千津子から相続税対策の相談を受けて変額保険に加入する方法のあることを教え、次いで同人に御簾納税理士を通じて変額保険販売資格のある下小瀬営業主任を紹介し、専ら同人らによって変額保険の仕組み等重要な事項について説明が施されたのであり、井上課長代理の行為は、右のような一連の過程において、融資契約の締結において必要な限度でされたものであって募集行為には該らないというべきである。

被告銀行は、井上課長代理において、当時の変額保険の特別勘定の運用実績が九パーセント以上であるとして銀行借入一時払変額保険の節税効果を説明し、下小瀬営業主任においても今後の運用実績が九パーセント以上であろうと説明したこと、被告保険会社は、本件変額保険契約の締結に当たり変額保険の仕組み、内容等について細部の説明をせず、概括的説明に留まったことなど、募取法、大蔵省の通達及び生命保険協会が禁止事項を定めた趣旨にかんがみ適切とはいいがたい部分があったことは否めない。しかし、右のような運用実績に関する説明は、その説明の前後の事情からすると、運用実績が変動することを千津子らに理解してもらった上で、具体的な節税額等を説明する便宜のために例として示したものであると認められる上、右の運用実績の数字自体は当時の変額保険の運用実績と照らして必ずしも不合理なものとはいえないし、また、下小瀬営業主任が今後の運用実績について九パーセント以上であろうと述べた点についても、これが将来の利回りの保障、ひいては解約返戻金額の保障に当たらないことはもちろん、解約返戻金が変動することについての説明とともに、あくまで個人的な予測意見として発言されたものと考えられる上、その当時の訴外第一生命の運用実績からすると、必ずしも適切を欠くものとはいえない。しかも、千津子は、あらかじめ御簾納税理士又は下小瀬営業主任を通じて、変額保険が株式に投資運用されるためにリスクがあることについて説明を受け、かつ、運用実績が〇パーセント、4.5パーセント、九パーセントの場合について記載した設計書を示されているのであり、千津子において、少なくとも変額保険が株式等に投資運用され、その成果によって解約返戻金等が変動することについては認識し得たというべきである。

さらに、被告保険会社においては、生命保険会社が変更することとなったことに伴い、その運用実績等についてあらためて説明することが適切であるが、本来、前記のとおり、生命保険会社には変額保険が相続税対策として奏効するか否か、すなわち、資産運用の成績等についてまで説明すべき義務はないのであるから、この点を取り上げて説明しなかったからといって、直ちに不当であるということはできない。ただ、被告保険会社の運用実績は、本件各契約締結当時、すでにマイナスとなっているものも見られ(甲八)、小林外務員は内部資料として被告ニコス生命の直近の時期の運用実績についても知り得たのであるから、小林外務員がマイナス運用となっている部分もあることをあえて秘して保険契約者に対し変額保険への加入を勧めたとすれば、その勧誘行為を不当と評価しうる余地がある。しかし、本件変額保険契約締結当時、被告保険会社においてマイナス運用となっていたのは特別勘定の運用方法を日本株式型に設定した場合のみであり、米国株式型については未だ36.8パーセントという高利回りであったこと、当時は、一般に、株価がやや下がったとはいえ、景気が後退するとは予測されず、かえって株価の下がった時期をとらえて、株を購入したり、変額保険に加入するのに絶好であると考えられていたことからすれば、小林外務員がマイナス運用が出ていることを原告らに告げなかったとしても、適切を欠くと評価することはできないと考えられる。

したがって、被告らの右のような勧誘等の態様をもってしても、被告らにおいて、他に変額保険の仕組み及び変額保険を利用した相続税対策の概要についてあえて不合理な内容の説明をしたとか、虚偽の情報を提供した等の格別の事情の認められない本件においては、本件金銭消費貸借契約(一)及び本件変額保険契約が公序良俗に違反し無効であるということはできない。

2  錯誤無効等について

(一) 原告らが被告らから変額保険の仕組み、内容等について説明を受けたことは前認定のとおりであり、また前記認定事実によれば、千津子ひいては原告は、御簾納税理士及び下小瀬営業主任から変額保険のリスクについて説明を受けており、解約返戻金が変額保険における資産の運用成績により変動するとのリスクについては理解していたものということができるので、原告が変動保険金の運用のリスクは全くないものと誤信して本件各契約を締結したとする原告の主張は、失当である。

また、原告は、千津子又は原告において被告らの説明により銀行借入一時払い変額保険に加入することが相続税対策として有効であると誤信したとも主張する。なるほど、千津子は、御簾納税理士から具体的な節税効果として変額保険における資産の運用実績が九パーセントである場合についてしか示されていない上、下小瀬営業主任らから今後の運用実績についても九パーセント以上になるであろうとの説明を受けており、このような説明態様からすると、千津子において今後の運用実績についても九パーセント以上となるであろうとの予測を抱いたことがあったものと推認される余地がある。しかし、御簾納税理士が、変額保険は株式に投資運用されるためリスクがあり、変額保険と一時払養老保険を組み合わせて加入することや全額借り入れるのではなく一部自己資金で変額保険に加入することによりリスクを回避する方法があることについても説明し、下小瀬営業主任においても変額保険の解約返戻金が変動することにつき、〇パーセント、4.5パーセント、九パーセントの試算例を示して説明しているのであるから、このような説明を受けた千津子ひいては原告が、銀行借入一時払変額保険について、確実に九パーセント以上の運用実績が保証され、したがって解約返戻金が必ず借入金利を上回って相続税対策として有効であるとまで誤信していたということはできない。

そのほか、原告らにおいて本件各契約を締結するに当たり、契約内容を誤信したとか、締結を決意するに至る過程における事情を誤信したとする事情も窺えないから、原告の錯誤の主張は、理由がない。

(二) また、原告は、被告らの本件勧誘行為が欺罔行為に当たると主張するが、被告らが原告らに対し虚偽の説明をしたとか、被告らの勧誘態様が原告らを錯誤に陥らせたものであることを認めるに足りる証拠はなく、かえって前記認定事実によれば、原告らの本件勧誘行為が欺罔に当たるとは未だいい難い。

よって、原告の右の主張は、採用の限りでない。

(三) さらに、原告は、原告自身が本件各契約を締結する意思を欠いていたのであるから本件各契約は無効である旨主張するが、前記認定事実によれば、被告らは、原告ら家族からその相続税対策を一任されて被告らとの交渉に当たっていた千津子から契約締結の内諾を受け、一方、原告はあらかじめ千津子から本件各契約についての説明を受け、恵美子の立会いのもとに本件各契約書類に署名押印したものであるから、原告において、本件各契約締結の意思を有していたものということができる。

よって、原告の右の主張は、理由がない。

3  不法行為又は債務不履行について

(一) まず、被告らに本件各契約を締結する上において原告の主張するような契約締結上の義務又は契約に内在し若しくは付随する義務があるか否かについては、前記のとおりである。

(二)  本件各契約の締結に至る事情について、まず、被告らが変額保険の仕組み及びその解約返戻金の変動のリスクについての説明を怠ったか否かについてみると、被告銀行又は訴外第一生命が、御簾納税理士又は下小瀬営業主任を通じて、説明書(乙四)あるいは設計書(乙五)を示してその説明をし、原告らにおいて、変額保険における保険料の一部が株式等に投資運用され、その成果によって解約返戻金等が変動するということについて理解していたことは前認定のとおりである。また、被告保険会社が、原告らに対して変額保険について概括的説明をしたにすぎないことも前認定のとおりであるが、この点に関しては、千津子は、すでに訴外第一生命の下小瀬営業主任から変額保険の仕組み・内容について詳しい説明を受けており、被告銀行からも相続税対策となるか否かについての観点から銀行借入一時払変額保険について三回にわたって説明を受け、千津子において変額保険についてすでに相当の理解を示していたものと認められる事情を踏まえれば、被告保険会社の担当者小林外務員の行為をもって違法と評価するには至らない。さらに、被告保険会社に関して、生命保険会社が変更することとなったことに伴い、その運用実績等についてあらためて説明しなかったことについては、前記のとおり、違法性があると評価することはできないと考えられる。

次に、被告銀行が原告において本件変額保険に加入した場合の節税効果について運用実績を九パーセントとして具体的金額を示してその節税効果を説明した上、下小瀬営業主任が今後の運用実績についても九パーセント以上であると説明したことは前認定のとおりであり、このような説明に、解約返戻金が変動したとしてもその運用実績が九パーセント以上であって、本件銀行借入一時払変額保険が相続税対策として奏効すると安易に信じさせうる側面のあることは否定できないが、被告らにおいて、変額保険に内包する解約返戻金の変動のリスクをあえて隠したり、現在の運用実績について虚偽の事実を告知するなどの事情が認められないことはもとより、前記のような前後の事情からすると、被告銀行らの右の説明の態様は、変額保険契約又は融資契約を勧誘する上におけるいわゆるセールストークとして商品の利点を強調したものであるということができ、違法性を有する行為とまではいえないと考えられる。また、被告銀行は、変額保険については変額保険販売資格を有する下小瀬営業主任に説明を委ねており、自らは、前記のとおり、自行から融資を受けて変額保険に加入した場合における節税効果について説明したのみであり、原告らに示したシミュレーションもかかる節税効果を内容とするものであるから、何ら募取法違反の行為に該当しないと認められる。

そのほか、被告らの行為に違法性を窺わせるものはなく、本件全証拠によっても、被告らが違法な行為をしたものと認めるには至らない。

(三) したがって、被告らの本件各契約の勧誘等の行為は違法であるとはいえず、また、被告らが本件各契約を締結する上においてその義務の不履行があったとはいえないから、被告らに不法行為又は債務不履行の責任を問うことはできない。

五  以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官門口正人 裁判官小林元二 裁判官松山遙)

別紙保険契約目録<省略>

別紙物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例